May 01, 2009
サッカーユニフォームの世界を知る
最近のサッカーユニフォームが大好きです。これは、サッカーのユニフォームで、世界経済を知ることができるからです。一時は世界の保険会社がサッカーのユニフォームの胸スポンサーになっていましたが、今はそんなことはありません。最近の多くはオンラインギャンブルです。一部の国では賭博を禁止しているのでいない国もあります。スポーツクラブのほとんどの施設は会員制で、通おしようとすると経費もかかる。運動自体はクラブに行かなくても外ジョギングすると十分な運動になるので、わざわざお金を出して運動しなくても良いものとする意見もある。しかし、運動を習慣化するには、どの程度の運動をすべきだと思う動機が必要である。元の運動をする意識が低い人は、自宅よりジムで運動するのがお金を出しているの刺激が運動しやすいのではないか。
作家、故・吉村昭の「三陸海岸大津波」(文春文庫)を読み返した。明治29(1896)年、昭和8(1933)年、三陸地方を襲った地震、津波が記録されている。150ページで目が止まった。前に読んだ時は素通りしていた▲「家屋を失った世帯には国有林の材木の無料給付もあって、個人用住宅も続々と新築されていった」。1933年の復興対策にこんなくだりがある▲岩手県庁に問い合わせた。符合する話は聞けなかったが、ファクスで届いた「岩手県昭和震災誌」の「第六節建築材料の配給」の項に、仮設住宅用材の確保に、県が迅速な対応をしたとあった▲大災害はまた起こる。再起の拠点となる自宅の用材に、国有林の無料給付はふさわしくはなかろうか。そのために必要な復興の森が多くあってもいい。【吉野茂毅】
8月16日朝刊
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◇ベスト8入りかけ、きょう日大三と激突
第93回全国高校野球選手権大会に出場している智弁和歌山は大会第9日の14日、2回戦で白樺学園(北北海道)と対戦、延長十回8−7で逆転サヨナラ勝ちした。両チーム合わせて30安打を放つ打撃戦を制した智弁和歌山は第11日の16日、第4試合(午後3時半開始予定)で、ベスト8入りをかけて日大三(西東京)と対戦する。【川畑展之、西嶋正法】
白樺学園
0010004101=7
2001020102=8
智弁和歌山
(延長十回)
1点のリードを許して追い詰められた延長十回裏、智弁和歌山の先頭打者は中村恒星選手(3年)だ。「センター返しを心がけた」と言う通り、内角の変化球を叩いた打球は中前へ。1死後、宮川祐輝選手(同)が打席に入る。アルプススタンドでは「かっせ、かっせ智弁」の大声援。2ストライクと追い込まれたが、「スライダーに体が反応した」という打球は左翼線を破り、土壇場で同点に。さらに平岡志大選手(同)が四球を選び、1死一、二塁と好機が続く。次打者は小笠原知弘選手(同)。これまで3三振を喫していたが、「自分も勢いに乗り、何とかチームに貢献したい」と打席へ入る。好機に流れる応援歌「ジョックロック」と大声援が響く球場。小笠原選手が「自信があった」というセーフティバントを三塁に転がすと、相手野手が一塁へ投げた球がそれる。その間に宮川選手は二塁から一気に本塁を踏み、飛び上がってガッツポーズ。逆転サヨナラ勝ちだ。スタンドでは、スクールカラーの赤いメガホンが打ち鳴らされ、「よくやったー」と大歓声が起こった。
序盤から優位に試合を進めたが、白樺学園の粘りに終盤は苦しい展開となった。4点リードの七回表、粘り強く投げていた先発・上野山奨真投手(同)、救援の古田恭平投手(同)がつかまった。満塁本塁打で同点。八回にも本塁打を浴びて逆転された。
しかし、「チーム全員で守り、粘り強く勝ってほしい」と言う中西悠介さん(2年)ら控え選手の思いに、ナインが応えた。八回裏には中村選手の適時打で追いつくなど、リードを許しても集中を切らさなかった。
劇的な勝利を飾って応援席に一礼する選手たちに、スタンドから大きな拍手が送られた。
◇亡き祖父にささげた同点打−−宮川祐輝選手=3年
幼い頃からキャッチボールの相手をしてくれた祖父の成熙(せいき)さん。「生駒クラブライオンズ」(奈良県)に所属した小学1年からは、試合の後によく食事に連れて行ってもらい、「変化球は腕を無理にひねらず、握りを変えてそのまま投げればいい」などと助言してくれた。
成熙さんは、プロ野球の球団から誘いを受けるほどの実力があったが、甲子園には出場できなかった。数年前からは悪性リンパ腫に冒され、病床で「お前が甲子園に出るまで死ねない」と言っていた。
昨年春のセンバツで、宮川選手はマウンドに立った。病院のテレビでその姿を見て涙を流したという。その年の暮れ、72歳で亡くなった。お通夜で父秀太郎さん(41)から「『甲子園で活躍してプロに行ってほしい』と言ってたんやで」と伝え聞いた。「おじいちゃんが一番応援してくれていたんだ」と改めて感じ、甲子園での活躍を目指して練習に励んできた。
1点を追う十回裏、左翼線を破る同点の適時二塁打を放った。さらに相手の失策の間に、好走塁でサヨナラ勝ちとなる本塁を踏んだ。試合後、「おじいちゃんはきっと喜んでくれていると思う」。亡き祖父に思いをはせた。【川畑展之】
8月16日朝刊
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