Mar 02, 2010

交通事故後の精神的ショック

今年に入り2カ月連続で交通事故を起こしてしまった。 1つ目は、駐車中の車にちょっとぶつかった程度であるため、衝撃にも大きくはなかったが、第二は、オートバイと接触事故だった。以来、運転するのが怖くて、交差点でものろのろと曲がっていたり、必要以上にスピードダウン運転しまうので、不必要な危険である。しかし、車がないと生活できないので、毎日運転している必要がされておらず、交通事故の後、2ヶ月、本当に精神的なショックが大きく、日常生活にも支障が出るほどだった。また事故起こしてと思わない。
廃車にするタイミングが4月には自動車税の支払いですが、これは一旦支払うことになります。自動車税は4月1日、車を所有している人は支払い義務が発生するため、必ずお支払いします。ただ廃車が4月中に完了すると、月割りで戻ってきますので、とりあえずは、お支払いが、5月から翌年3月までの分はきちんと返金されます。
 「男と女のお話」などのヒットで知られる歌手、日吉ミミ=本名・黒岩和子=さんが10日午前5時30分、膵臓がんのため都内の病院で死去したことが11日、分かった。64歳だった。来年のデビュー45周年を前に、再起を目指していた矢先の無念の死…。通夜と葬儀・告別式は故人の遺志により、家族葬として営まれた。

 ♪恋人にふられたの よくある話じゃないか…

 乾いた投げやり口調で1970年、一世を風靡した「男と女のお話」。陰影の濃い日吉さんの独特の歌声はもう戻らない。

 所属レコード会社のビクターエンタテインメントによると、日吉さんは09年5月に膵臓がんの手術を受けて以来、入退院を繰り返してきたが、今年6月に再入院。数日前に容体が悪化し、夫で所属事務所社長、黒岩慶三さん(64)が手を握りしめる中、親族数人に看取られ、眠るように息を引き取ったという。

 日吉さんは1967年に池和子としてデビューしたが、69年に日吉ミミと改名し、「おじさまとデート」で再デビュー。翌70年「男と女のお話」の大ヒットで、同年、NHK紅白歌合戦に初出場した。

 78年にはTBS系ドラマ「ムー一族」の劇中歌「世迷い言」がヒットし、自らも歌うシーンで登場し、話題を呼んだ。その後も、ピップエレキバンのテレビCM曲「北風ぴゅうぴゅう」など注目曲を世に出し、2008年にはデビュー40周年記念曲「言の葉の夢」を発売したが、そのキャンペーン中の翌09年4月に膵臓がんが見つかった。

 翌5月に受けた手術は8時間に及び、丸2日間も昏睡状態が続いたが、約1カ月後に退院。同年末ステージ復帰し、昨年自らの命を見すえた「いのちのしずく」を発売。術後は抗がん剤治療を続けたが、来年がデビュー45周年とあって「生きる思いを込めた記念曲を出して、また紅白に出たい」と意欲を見せていた。

 ところが、今年春先に体調を崩し、再入院。5月に一時退院し、NHKラジオ第1「歌の散歩道」に生出演した際、東日本大震災の被災地で苦しむ人々と自分の姿を重ね合わせ、「いろんなことにめげずに、頑張りましょう」と力強く呼びかけた。その後、6月に再入院していた。

 「痛みとの闘いだったと思います。でも、弱みを見せず、笑顔を絶やさない女性でした」と関係者。今ごろは06、08年に相次いで他界した母と妹のそばに寄り添っているに違いない。

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 7日に肺がんのため死去したロック歌手、ジョー山中さん(享年64)の葬儀前夜式(通夜)が11日、東京・北品川のキリスト品川教会でしめやかに営まれた。

 弔問客には、山中さんからのメッセージが書かれた紙と、09年に発売された遺作アルバムのプロモーションビデオを収めたDVDが渡された。メッセージは、空から故人が語りかけるイメージにピッタリとして家族が選んだ2000年の楽曲「A MAN,beyond the sky」の歌詞に、「空の彼方から愛を…one love Joe Yamanaka」との言葉が付け加えられていた。

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 女優、深田恭子(28)が11日、都内で行われた映画「夜明けの街で」(若松節朗監督、10月8日公開)の完成報告会見に共演の岸谷五朗(46)、木村多江(40)と出席。岸谷演じる主人公と不倫する派遣OLを演じたが、不倫については「まだ結婚に夢を持ちたいので、悲しい気持ちになります」と苦笑。「映画の中だけでお楽しみいただけたら」。

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 7日に肺がんのため死去したロック歌手、ジョー山中さん(享年64)の葬儀前夜式(通夜)が11日、東京・北品川のキリスト品川教会でしめやかに営まれた。800人が参列し、兄貴分の歌手、内田裕也(71)は「せめて69歳、ロックまで生きてほしかった」としみじみ。式ではライブ衣装で棺に眠る山中さんに向け、音楽仲間が故人の代表曲「人間の証明のテーマ」を演奏。“最後のステージ”を演出し、天国へと送った。

 「正直言って実感がない。64歳という若さが悔しい。せめて69歳、ロックまで生きてほしかった…」

 故人と45年来の親交がある内田は、そういって唇をかみしめた。

 喪主の妻、聡子さん(37)がクリスチャンだったことから同教会で行われた前夜式。冒頭、故人と親しかったロックバンド、ゴダイゴのミッキー吉野(59)らがレゲエの神様、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」と1977年の故人のヒット曲「人間の証明のテーマ」を演奏した。

 祭壇には昨年9月、鎌倉市内の自宅が全焼した際、唯一無傷だった「人間の証明−」「フラワー・トラベリン・バンド」など3枚のゴールドディスクが飾られ、故人はオフホワイトのマントと「大空を飛び回れるように」との願いを込めた鳥の羽のネックレスをつけ、緑・赤・黄のラスタカラーのロングスカーフを腰に巻いて“最後のステージ衣装”に身を包んだ。

 遺体と対面した内田は「真っ白なスーツを着て、髪もドレッドヘアにしていて、今から天国のステージに立つんだって顔で。ボブ・マーリーが乗り移ったようだった」と、ジャマイカ系米国人と日本人のハーフで、ジャマイカ出身のボブに憧れていた故人にとっての最高の賛辞を贈った。続けて、世界22カ国でボランティアライブを開催してきた故人を偲び「これだけ素晴らしい人間に、なんで勲章をやらない。腹が立つ。これから行う偲ぶ会でボブ・マーリー賞をあげたい」と宣言。

 12日に同所で営まれる葬儀・告別式で、内田は弔辞を読む。「心からの自分の気持ちをジョー山中くんに伝えたい」と力を込め、「長い間、お疲れ様でした。君のことは決して忘れません。ロックンロール!」と天国に呼びかけた。

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